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2020-2h (一般記事)論文発表をめざす生徒理科研究法 第2章 研究には新規性が必要である

Seitonorika 2020-2h 2020年5月11日掲載,ダウンロードPdf

生徒の理科研究所
〒623-0342 京都府綾部市金河内町奥地22番地,https://seitonorika.jp, uketuke@seitonorika.jp

要旨:生徒理科研究には新規性が必要である。すなわち、「高校・中学・小学の理科教育とこれまでの生徒理科研究を超える新規性」が必要である。また、その他の既知情報を参照する場合は、「参照情報をも超える新規性」が必要である。そして、論文にはどのような範囲で調べたところ新規なのかを明確に述べる必要がある。目次:はじめに;生徒理科研究に求められる新規性とは何か;過去の研究の追試、教科書にある法則・実験の検証、物理定数の測定等にも新規性が必要;よくある質問と答え。
類別:一般記事 分野:生徒理科研究 キーワード:新規性、参照文献、引用

はじめに

研究には新規性が必要です。新規性のない研究は論文発表することができません。なぜなら、論文は研究成果の社会的公表により既知情報に新規情報をつけ加え、科学を発展させるためのものだからです。したがって、論文発表をめざす研究では、研究の当初から新規な結果をもとめて取り組むことが必要です。すなわち、研究課題を選定したり研究計画を策定したりするときから、新規な結果を得る見通しを検討し、得られるようにすすめなければなりません。ここがいわゆる探究活動との大きな違いです。探究活動は、日常生活の中で疑問に思ったこと、あるいは教科書学習の中で興味や疑問を持ったことを情報収集したり実験したりして詳しく調べてみよう、あるいは自分で実際に確かめてみようというもので、新規性を問うことがないからです。したがって、論文発表をめざす研究を行うには、新規性とは何か、新規な結果とはどのようなものをいうのかという、新規性に関する考察が必須です。ここでは、生徒理科研究に求められる新規性について生徒の理科研究所の考え方を詳細に明らかにします。

生徒理科研究に求められる新規性とは何か

新規性とは既知情報に対する新規性です。大学以上のレベルの一般研究においては、論文発表には全世界的・全歴史的視野での既知情報に対する新規性が暗黙の前提として求められます。しかし、生徒理科研究の場合には、全世界的・全歴史的レベルの新規性は求められません。また、一律の基準もありません。しかし、最低限のレベルとして、「日本語で行われる高校・中学・小学の理科教育とこれまでの生徒理科研究を超える新規性」が必要です。また、「その他の既知情報を参照する場合は、その参照情報を超える新規性」も必要です。そして、「論文にはどのような範囲で調べたところ新規なのかを「はじめに」とその他必要な個所で明確に述べる」ことが求められます。この条件は、生徒理科研究の特殊性を踏まえた工夫です(*1)。

*1ここで述べる新規性は生徒の理科研究所の提唱する生徒理科研究に必要な新規性で、「生徒の理科」誌 https://seitonorika.jp/ への論文投稿に必要とされます。

図1 生徒理科研究に必要な新規性と発表条件

「高校・中学・小学の理科教育を超える」とは、高校・中学・小学の理科教科書(小学5年生から高校3年生までの全理科教科書)と標準的な参考書に書かれていない内容であること、あるいは、教科書等に書かれている法則等について教科書等に書かれているもの以外の証拠・適用範囲・具体例を新たに示すことを指します。自ら使っている教科書だけでなく、所属学科・コースの違いに関係なく小学5年生から高校3年生までの全理科教科書をチェックします。標準的な参考書とは高校の授業補助教材としてよく用いられる「~図録」、「図説~」、「~総合資料」などです。

「これまでの生徒理科研究を超える」とは、これまでに発表された生徒理科研究論文にはない内容であることです。ここで、これまでに発表された生徒理科研究論文の記録として、「生徒の理科」誌(*2)および日本学生科学賞受賞論文(読売新聞社*3)と理科研究論文集(静岡県理科教育協議会*4)、科学の芽賞受賞論文(筑波大学*5)、算数・数学の自由研究受賞論文(理数教育研究所*5-2)をチェック・参照必須情報とします(*6)。すなわち、「これまでの生徒理科研究を超える」とは、上記チェック・参照必須情報にある生徒理科研究論文には書かれていない内容であること、あるいは論文に書かれているもの以外の証拠・適用範囲・具体例を新たに示すことを指します。

 *2 「生徒の理科」誌 https://seitonorika.jp/
 *3 日本学生科学賞受賞論文(読売新聞社) https://event.yomiuri.co.jp/jssa/ 受賞論文のpdfファイルが「理科自由研究データベース」(御茶ノ水女子大学)http://sec-db.cf.ocha.ac.jp/ でweb公開されている。
 *4 理科研究論文集(静岡県理科教育協議会)https://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/ronnbunshu/top.htm
 *5 科学の芽賞受賞論文(筑波大学)http://www.tsukuba.ac.jp/community/kagakunome/shyo_list.html
   *5-2 算数・数学の自由研究受賞論文(理数教育研究所)https://www.rimse.or.jp/research/past/winner8th.html
 *6 チェック・参照必須情報は、①信頼性の担保、②無料web公開、③2ページ以上の情報量を条件に選びました。先にあげた4つのうち、後者3つは残念ながら査読有り論文誌ではありませんがどれも審査を経た受賞論文集であり、長文概要(論文)が無料web公開されているのでチェック・参照必須情報とします。これまでの生徒理科研究の長文概要・論文としては、この他に全国高等学校総合文化祭自然科学部門論文集(会場配布)と、つくばScience Edge 要旨集(会場配布)、および「未来の科学者との対話」(神奈川大学)があります。しかし、これらは現在のところ無料web公開されていない、あるいは審査を経た論文ではないという理由でチェック・参照必須情報とはしません。各自が必要に応じて利用することとします。また、1ページ以内の研究発表会要旨はその短さのため参照すべき記録とはしません。ここに挙げたもののほかにチェック・参照必須情報とすべき論文誌等があれば生徒の理科研究所にご連絡ください、検討します。

さらに、「その他の既知情報を参照する場合は、その参照情報を超える新規性」が必要です。すなわち、その参照情報には書かれていない内容であること、あるいは書かれている法則等について新たな証拠・適用範囲・具体例を示すことが必要です。

「その他の既知情報」としては、理科教育関係団体・学会の論文誌(*7)、大学レベルの教科書・専門書、自然科学諸分野の入門書・専門書・論文誌、その他一般web情報等があります。これらは研究課題の立案や研究計画の作成に有用な情報です。しかし、これらは生徒理科研究論文ではない、日本語で書かれていない、または、無料web公開されていないという理由で、生徒理科研究のチェック・参照必須情報とはしません。各自が必要に応じて利用する「その他の既知情報」とします。なお、大学教員等(研究者)に口頭で教えてもらう時には必ず関係文献を紹介してもらい、その文献を参照情報とします。

*7 生徒の理科研究所ホームページ https://seitonorika.jp 「関連情報」参照

また、物理チャレンジ・オリンピック、化学オリンピック、生物学オリンピック、地学オリンピックのための推薦書籍(*8)もチェック・参照必須情報とはしません。高校より高いレベルの教科書情報にもとづいて研究したいと望む生徒が必要に応じて利用する「その他の既知情報」とします。これら推薦著書は、大学1~2年生レベルの教科書です。高校教科書に書かれている内容がより詳しく丁寧に説明されている場合が多くあります。

*8 生徒の理科研究所ホームページ https://seitonorika.jp 「関連情報」参照

論文発表等における研究の新規性の説明においては、「はじめに」で、高校・中学・小学の理科教科書等とチェック・参照必須情報を調べ、自らの研究に関係する情報は必ず引用しながら、まずこれまでに何が分っていて何が分かっていないのかを明らかにし、つづいて、それら引用情報と区別しながら自らの研究の新規性、すなわち、新しく何を明らかにしようとするのかを説明します。また、チェック・参照必須情報ではない「その他の既知情報」を研究に参照・利用する場合にはその情報(論文・書籍等)を引用するとともに、その引用情報と区別しながら自らの研究の新規性をのべます。結果的に、どんな場合にも自らの研究には引用情報を超える新規性が必要です。さらに、「はじめに」とその他必要な個所で「どのような範囲で調べたところ新規なのか」を明確に述べます。

生徒理科研究のレベルで、全世界的・全歴史的な視野での既知情報に対する新規性を求めることは非現実的です。多くの専門論文誌は無料web公開されておらず、学会に入会したり、購読料を支払ったりしなければ見られません。未だに電子ファイル化されていない文献もたくさんあります。しかもこれら論文の多くは英語その他の外国語で書かれています。これらの文献は、科学文献データベース(ほとんどのものが有料*9)で検索したり、各分野の総説や関係論文に当たったりすることにより、はじめてその存在がわかります。その調べ方は大学で学びますが、一般的にはその分野の研究者(大学教員)でなければわかりません。また、世界的レベルでは研究の発展が急速なため、研究開始時に新規性があっても結果の発表時に新規性があるとは限りません。たとえばショウジョウバエ研究ではアメリカで行われる学会で毎年約1000件の論文が発表されます。生徒理科研究のレベルでは自分達の知らない大きな世界があることを自覚しているだけでよいでしょう。

*9 科学文献データベース 生物学(Biological Abstracts、英語)、化学(Chemical Abstracts Service、英語)、医学・生命科学(PubMed、無料・英語)、物理学、地学、数学、日本で発行される科学技術情報(J-STAGE、日本語・英語)、日本農林水産業(AgriKnowledge、日本語)

大学ではまず専門分野について高校までとは比較にならない体系的で深い知識を学びます。最新のさまざまな実験・調査方法やデータ処理法を学びます。また、教養としてさまざまな社会の現状やしくみについて学びます。その結果、みなさんの視野は格段に広がり、科学の世界にも、技術の世界にも、また、社会的にも多くの解明すべき疑問・課題や、実現すべき夢があることを知るでしょう。その上で研究室に所属し、特定分野の専門研究に従事します。生徒の皆さんはそのときにこそ全世界的・全歴史的視野に立った先端研究に取り組むことになります。楽しみにしていましょう。

生徒研究発表会で見られる現在の生徒理科研究の共通した弱点の一つが、新規性のあいまいさです。発表会が探究活動の報告会ではなく、研究発表会あるいは論文発表会であるためには、研究の新規性に関する明瞭な説明が必要です。そして、研究の新規性の説明責任は第一に発表者(研究を行ったもの)自身にあります。研究計画策定の段階から研究の新規性を明確にして研究を行い、研究発表会等ではどのような範囲で調べたところ新規なのかを明瞭に記述・述べるようにしましょう。なお、(大学以上の)一般研究論文では「どの範囲で調べたところ新規である」などと書いたものはほとんどありません。しかし、誤解してはいけません。一般研究では全世界的・全歴史的な新規性が当然の前提とされているからです。「全世界的・全歴史的」な新規性がない場合やその確認ができない場合は必ず「どの範囲での新規性なのか」を述べなければなりません。

生徒理科研究の新規性の判断基準となる既知情報の範囲を上記のように明確に規定することにより、研究開始時に必要な情報収集の範囲が生徒・教師の手の届く範囲となります。その結果、既知情報の大海に溺れることなく、研究課題の新規性を生徒・教師自らが判断できるようになり、既知情報と比較しながら、自分なりの独自の視点や方法をもちいた研究課題を工夫する余裕が生じます。この余裕は創造性ある研究課題の設定に重要なものです。

また、生徒理科研究論文に新規性とこれまでの生徒理科研究論文の引用とを求めることにより、生徒理科研究は論文の積み重ねにより次第に発展するものとなります。すなわち研究史が生じます。その結果、各論文には生徒理科研究の発展にどのような点で貢献したのかという研究史における位置づけと評価が生じます。こうして、一般の科学研究が全世界的・全歴史的視野での科学研究の発展をめざすのと同様に、高校・中学生徒の理科研究は生徒理科研究の発展をめざすものとなります。

過去の研究の追試、教科書にある法則・実験の検証、物理定数の測定等にも新規性が必要

追試・法則の検証・定数の測定の場合にも、研究結果を論文として発表するには新規性が必要です。新規性のないものは論文にはできません。したがって自分の研究のどの点に新規性があるのかをよく考えて主張することが必要です。以下はその具体例です。

過去に報告のある研究の追試の場合、研究結果が先行研究と異なった時には新規性がありますが、同じ結果になった場合には新規性はありません。しかし過去の研究と異なる範囲・条件や異なる材料について、あるいは異なる方法を用いて同様の研究を行い、過去の研究より精度の高い結果を得た場合、過去の研究と同様の結論を得たがそれにより結論が成り立つ範囲・条件・対象を広めた場合、過去の研究とは異なる結論を得ることにより過去の結論が成り立つ範囲・条件・対象を限定した場合、あるいは過去の研究の範囲・条件・材料から外れるとどのような違いが出るのかを明らかにした場合、これらの研究には新規性があります。

教科書にある法則・実験の検証や追試の場合、教科書にある範囲・条件・対象について同じ方法で実験して予測された通りの結果を得た場合、それだけでは新規性はありません。しかし、教科書に載っていない範囲・条件・対象・方法の場合は、その法則・実験が成り立つ新しい範囲・条件・対象・方法を明らかにしたという新規性が主張できます。一方、特定の範囲・条件・対象・方法において法則が成り立たなかった場合あるいは一定の誤差が生じた場合は、法則・実験の成り立つ範囲・条件・対象・方法を限定したことになり、その研究は新規性を持ちます。まれに教科書と同じ条件・範囲・対象・方法で実験をしても教科書とは異なる結果を得ることがあります。この場合、教科書の記述がそのままでは正しくない可能性があり新規性を主張できます。すなわち、既知の法則・実験の検証は、その正しさを確認することよりも、誤りや不十分さの発見、成り立つための条件の明確化にこそ価値があります。したがって、結果の解釈においては既知の法則・実験に合う部分よりも外れる部分に注目することが大切です。

「過去の偉大な実験」や「典型的な実験」として教科書に紹介されているが具体的な実験方法の記述がないものについて、自分で工夫して実験方法を確立したり独自の装置を作製したりして追試を行い、過去の研究と同様の結果を得た場合、結果自体には新規性はありませんが、「実験方法の工夫・独自装置の作成」を新規性として主張することができます。この場合、実験方法の工夫・独自装置の作成の意義、たとえばこの方法・装置をもちいてどのような新規の研究が可能となるのかなどを述べることが必要です。また、まれに間違いのない条件・範囲・対象・方法で実験をしても教科書とは異なる結果を得ることがあります。この場合、教科書の記述がそのままでは正しくない可能性があり新規性を主張できます。

物理定数等(山の高さ・惑星の大きさ・色の濃さ・音の大きさ・物の形・数などを含む)の測定実験の場合、既知の方法や既存の装置を用いて測定し、既知の測定値に近い結果を得たとしても新規性はありません。しかし、自分なりの工夫を加えた実験方法や装置により測定した場合には、「自分なりの工夫を加えた実験方法や装置」に新規性を主張することができます。この場合、この方法・装置の測定値の精度や使用条件を明らかにし、その意義、たとえば、この方法・装置を用いてどのような新規の研究が可能となるのかなどを述べることが必要です。

よくある質問と答え

①研究論文に必要な新規性について、「日本語で行われる高校・中学・小学の理科教育とこれまでの生徒理科研究を超える新規性」とするとのことだが、このように考えるに至った理由は何か。

(答え)一般に研究論文には新規性が必要です。論文はこれまでの科学では知られていない事柄を明らかにし、科学を発展させるために社会に発表するものだからです。したがって、(大学以上のレベルの)一般研究では全世界的・全歴史的視野での新規性が暗黙の前提として求められます。しかし、そのような新規性は現実的ではないとして、何らかの限定された範囲内(例えば日本国内あるいは特定の対象や応用目的)での新規性でもって論文発表している分野もあります。一般論としては範囲が広すぎては情報が多すぎて議論・論証が困難だし、狭すぎては広範な興味を得られません。この範囲をいかに的確に設定して新規性と現実性を両立させ関係分野の研究の発展に貢献するのかは、研究者や論文誌出版者の知恵の絞りどころです。

先述のとおり、生徒理科研究論文には建前としても全世界的・全歴史的レベルの新規性は不要です。また、一律の基準も設定できません。しかし、最低限のレベルとして、「日本語で行われる高校・中学・小学の理科教育とこれまでの生徒理科研究を超える新規性」と、「その他既知情報を参照する場合はその参照情報をも超える新規性」が必要だと考えます。そして、「論文にはどのような範囲で調べたところ新規なのかを明確に述べる」ことを求めます。この条件は、生徒理科研究が主に高校生が行う研究で、大学以上の一般研究ではないという特殊性を踏まえた工夫です。

新規性の必要条件を以上のようにした理由は、第1に「新規性」を高校教師・生徒でも手の届く現実的な範囲にはっきりと定めることにより、一般研究とは異なる生徒理科研究の独自性を確立したいからです。これにより、その分野を専門とする大学教員(研究者)にしか論文の新規性を判断できないという現状を打破し、何が新規で何が新規でないのか、高校の生徒・教師ならだれでも同じ立場に立って自由に議論し判断できるようになります。また、生徒・教師が目的意識をもって新規性ある独創的な研究課題を提案できるようになります。

第2に「論文コンクールの受賞論文だけがすばらしい」という現状を打破し、「新規性」があり論理的に間違いなく書かれた生徒理科研究論文はすべてすばらしいこと、社会的に公表・記録する価値があること、また、その著者である生徒・教師は生徒理科研究においてはその分野の最前線(日本一)に立っていることを生徒・教師に知ってほしいからです。これにより生徒は現代科学が無数の研究論文の積み上げにより成り立ち、進められていることを理解するでしょう。

第3に生徒理科研究に発展史を生じさせたいからです。これまでの生徒理科研究をこえる論文の公表・記録とその引用を積み重ねると、論文の蓄積にともない生徒理科研究に発展史が生じるに違いありません。発展史が生じれば、各論文はその中で評価・意義づけされるようになります。その結果、生徒理科研究は探求能力の向上という生徒個人にとっての意義だけでなく、生徒理科研究の発展という社会的意義を持つことになります。そして、生徒・教師は理科研究を通じて生徒理科研究の発展に貢献できるようになります。

生徒理科研究の発展には、一般公開された良質の生徒理科研究論文情報の拡大と蓄積が重要です。「生徒の理科」誌の出版はそのための一つの取り組みです。生徒理科研究論文の無料web公開には、論文の質・信頼性の担保と、「重複投稿の禁止」、「知的所有権」への適切な対応が重要です。生徒理科研究の発表会・論文コンクールに取り組む諸団体がこの問題を適切に解決し、質と信頼性の担保された論文情報の公開と共有に参加されることを期待します。

②教科書にある「実験」や「探究活動」と同じ実験方法で対象や材料を変えたり条件を変えたりするだけで新規な研究となるなら、新規性のある研究課題は無数にあるように思えるが、それでよいのか。

(答え)それで結構です。新規性のある研究課題は無数に考えることができます。たとえば、全世界の現在知られている維管束植物は約27万種とされています。このすべてについて光合成産物がデンプンか否かをしらべていくと、それだけで27万個の研究が成り立ちます。しかし、この内、これまでに調べられたものはごく一部にすぎません。われわれは一部のものを調べた結果から、その他もたぶん同じだろうと推測しているだけです。じつは、この推測の論理が科学法則です。したがって、これまでに報告されていない植物を調べて既知の科学法則が成り立つことを明らかにすれば、科学法則はより固いものになります。一方、調べたところ既知の科学法則とは異なることが分かれば、既知とは別のタイプの植物もあることが分かります。すなわち、科学法則を新しい段階に発展させることになります。したがって、これまでに調べられていない植物を調べることはそれだけで新規性のある意義のある研究です。

しかし、ただ同じことを延々と何万回も繰り返して調べるだけが科学かと問われれば、「いいえ」と答えます。人間が理解したいと思う現象は無数です。しかし、人間が科学研究にさける労力・時間・経費には限度があります。そこから、人間は、同じ研究を行うならただ個別的事実を収集・記録するのではなく、一部の既知情報から全体を推測する論理を考え出したり、ことなる側面・現象・レベル(現象の現れる対象の大きさのちがい)を調べて、論理でその間をつなぐことにより自然全体を理解しようとしてきました。すなわち、自然を限られた既知情報と科学的推論により法則的・体系的に理解するという方法です。ここから、科学研究の世界では、同じ新規性のある研究でも、既知のものとはことなる側面・現象・レベルを調べる研究、あるいは、既知情報からは予想できないこと・事例を明らかにする研究はより新規性が高く、価値が高いと評価されます。この評価の程度の違いが「新規性のレベル」の違いです。大学以上の一般研究における論文出版ではこの「新規性のレベル」が厳しく問われます。ニュースなどに出てくる評価の高い(有名な)論文誌は特にそうです。

一方、過去のものと同じことを別の対象で行ったというだけの研究は「銅鉄主義」として低い評価しかあたえられず、普通(無名)の論文誌にしか掲載されません。しかし「何が銅鉄主義で何が銅鉄主義でないのか」、すなわち「なにに価値があり、なにに価値がないのか」は研究者(論文誌編集者)の主観(カン)によるところも多く、客観的・絶対的基準は定められません。10年前には見向きもされなかった研究が、今や重要な意義ある研究として注目されることもよくあります。また、現実の科学の歴史では「銅鉄主義」とよばれる研究から偶然に思いもよらぬ新発見がもたらされ、科学が発展してきたというのも事実です。

したがって、生徒理科研究でも「新規性」と「研究の意義」の説明は求められますが、「新規性のレベルの違い」で論文発表・出版の可否は問われるべきではありません。「新規性」に合理性があればすべて発表・出版の価値があります。すなわち、生徒理科研究には新規性の高い論文が歓迎されますが、「銅鉄主義」論文も同様に歓迎されます。

③新規性があれば研究として成り立つことはわかったが、かといって同じ実験を延々と対象・材料を変えて行うのは意欲をそがれるし、生徒も興味を持たないのではないか。

(答え)その通りです。新規性があるからと言って同様の実験を対象・材料を変えながら延々と行って論文発表するのでは、研究を行う生徒・教師も面白くないし、発表論文を読む読者も興味を持たなくなるでしょう。そこで、研究を行う者の対応策としては、単に対象・材料が過去のものと異なるというだけでなく、新規性に何らかの意味づけをする工夫をします。たとえば先の光合成産物の調査研究を例にとると、まず、教科書どおりジャガイモの葉を調べて光合成産物がデンプンであることを証明します。そして、他の根菜ではどうかとして人参など数種の葉を調べて最初の論文を書きます。次に、これと比較して葉野菜ではどうかとしてレタスなど数種をしらべて論文を書きます。さらに、樹木ではどうかとしてカキなど数種をしらべる、針葉樹ではどうかとして杉など数種を調べる、単子葉植物ではどうかとしてイネなど数種を調べる、乾燥地の植物ではどうかとしてサボテンなど数種をしらべる、さらに藻類ではどうかとしてワカメなど数種を調べるなどなど、分類や生態のことなる種類に調査範囲を広げていくと多くの論文が書け、しかも、データが増えれば増えるほど面白い研究となります。また、春の若葉、夏の青葉、秋の紅葉など季節変化や成長による光合成産物の変化を調べても新規性に新しい意味づけができます。要は新規性に意味を与えることで見え方が大きく変わり、論文の価値も変わります。意味づけの方法は研究者の工夫しだいです。これこそがその研究者の想像性であり、創造性です。

④教科書にある法則の検証で教科書と同じ条件・範囲・対象・方法で実験をしても教科書とは異なる結果を得た場合は新規性を主張できる、あるいは、結果の解釈では法則に合う部分よりも外れる部分に注目することが大切だとあるが、この考え方だと、生徒の実験操作の間違いやデータ処理のまちがいを新規な結果としてしまう可能性があるのではないか。

(答え)確かにその可能性はあります。実験開始後しばらくの間は、実験操作の不手際や操作ミス、データ処理の間違い、実験材料(動植物)取り扱い技術の未熟さなどにより、法則とはことなる結果、既知情報に合致しない結果、あるいはブレの大きい結果が得られることがよくあります。このような初期エラーは、実験を繰り返して慣れていく中で次第に解消していきます。このような時は、初期に得たデータは捨て、実験操作にしっかり慣れてから取った信頼できるデータを正式の結果として採用します。

しかし、法則や既知情報と異なる結果が繰り返し出つづける場合もあります。このような時はそもそもの実験方法・データ処理法が計画段階から間違っている可能性があります。まず、計画が適切か否かを慎重に検討します。同じ実験を行ったという既知情報があれば、それと同様の実験を行い、同じ結果が得られるか否かを調べるのも解決策の一つです。しかし、実験方法・データ処理法が適切なのに、どうしても既知情報あるいは法則から予想されるものとは異なる結果が得られる場合は新規な結果と判断しなければなりません。このような新規性は突然、思いもよらない方向からやってくるので、なかなか受け入れられません。しかし、既知情報や法則にこだわりすぎると、せっかくの新発見のチャンスを逃すことになります。このような時は生徒だけに任せず指導教師が自ら実験を行って納得できるまで確かめるのも現実的な解決策の一つです。ともかく、このような時にはあいまいにせず徹底的に取り組みましょう。目の前に展開する思いもよらない実験結果を新発見だと認めるには勇気が必要です。既知情報と教科書にある法則だけから現象を解釈するのは何の苦労も心配もいりません。しかし、既知情報と教科書がいつも真理だとは限りません。新発見の女神はリスクをとる勇気のない人にはほほえんでくれないことを銘記すべきです。

⑤論文発表に必要な新規性を「高校・中学・小学の理科教育とこれまでの生徒理科研究を超える新規性」とすると、生徒理科研究が教科書内容に関係するテーマに偏ってしまい、生徒の自由な発想や疑問にもとづく面白い研究がなくなるのではないか。

(答え)いいえ、そのようには考えません。まず、論文発表に必要とされるのは「理科教育と過去の生徒理科研究を超える新規性」なので教科書内容に関係しないテーマを研究することは可能です。そして、その研究が一旦論文発表されると、以後はそれを超える生徒理科研究が続くことになります。こうして、生徒理科研究は教科書内容を超えて様々な方向へ発展することが可能です。第2に、教科書内容に関係しない研究テーマの方が面白いという評価には賛成できません。教科書内容に関係しないテーマは、多くの場合、応用分野(工学・農学・医学・薬学・環境科学・健康スポーツ科学など)の研究テーマです。基礎科学分野にとりくむ学校教師や大学教員には面白いと映るかもしれませんが、社会的には既知情報にあふれた普通の分野です(たぶん基礎分野よりはるかに多くの研究があります)。そして、生徒は、当然、その分野の文献を参照しながら研究することになります。この場合、生徒にはやはり「その他情報を参照する場合は、その内容をも超える新規性」が求められ、この事情は教科書内容に近い研究を行う場合と同じです。特別視すべきものではありません。生徒の理科研究所は、むしろ教科書内容に近い分野で多くの生徒理科研究が行われることを歓迎します。小学から高校まで理科教育を受けてきた生徒がそこから得た知識を生かして研究を行い、理科教育内容をより深く理解したり豊かに発展させたりすることは素晴らしいことだと考えるからです。したがって、理科教科書に近い分野であってもその他の分野であっても同じように面白いと考えます。

⑥教科書等とチェック・引用必須情報にある過去の生徒理科研究論文、および、研究に参照したその他文献だけを新規性を主張するための超えるべき既知情報とすると、専門書や一般研究論文等ですでに明らかにされている研究と同様の研究が新規な生徒理科研究として論文出版される可能性があるが、それでよいのか。

(答え)それでよいと考えます。一般研究ですでに明らかにされていることが新規性ある生徒理科研究論文として発表・出版されることは十分にあり得ることで、問題はありません。

このようなことが起こる原因は、生徒理科研究論文に求められる新規性のレベルが一般研究とは異なることにあります。生徒理科研究に必要な新規性が一般研究と同じであればこの問題は生じません。しかし、前述のように生徒理科研究に一般研究と同じ全世界的・全歴史的な新規性を求めることは現実的ではありません。生徒理科研究にはそれにふさわしい独自の新規性の規定が必要です。したがって、質問のような事態は避けられません。この事態を避けようとすれば生徒理科研究の独自性を失ってしまいます。

この問題と関係して、「インターネットで調べると容易に見つかる」とか、「日本語で書かれているから分かるはず」などの理由で一部の一般研究論文をチェック・引用必須情報に加えてはどうかとの意見がありますが、それはできません。新規性の規定は生徒理科研究の存立意義にかかわることで、生徒理科研究と一般研究の違いをあいまいにすることはできないからです。また、一般研究論文は原則的に英語出版することが求められており、早晩、英語となる可能性があります。日本語で書かれた一部の一般研究論文だけを特別視する理由はありません。

しかし、この新規性の規定は、チェック・引用必須情報以外を無視してよいとしているわけではありません。チェック・引用必須情報以外の論文は、「その他の参照情報」という扱いになります。すなわち、その評価と取り扱いは読者の判断に任されます。読者がその論文・情報を自分の研究に参照するなら引用する必要があります。しかし、知らない場合、または、知ったとしても参照しない場合は引用しなくて結構です。

⑦生徒理科研究には新規性の独自の規定が必要なことは分かったが、一方で、一般研究論文や専門書を無視してもよいとなると、これら論文や専門書に対するリスペクト(敬意)を欠くことにならないか。

(答え)ならないと考えます。生徒理科研究論文の発表・出版には、「小学・中学・高校の理科教育とこれまでの生徒理科研究を超える新規性と、その他既知情報を参照したときはそれをも超える新規性」が必要ですが、これとともに、発表論文の「はじめに」およびその他必要な個所で「どのような範囲で調べたところ新規なのかを明確に述べること」が必要です。これにより、その論文のいう「新規性」は一般研究の全世界的・全歴史的新規性とは異なることを明確にします。すなわち、調査範囲以外に同様の内容の先行研究がすでにある可能性を排除しないことを明言します。

また、前述の通り、チェック・引用必須情報以外の情報を自分の研究に参照する場合は論文に引用する必要があるとして、先行研究に対するリスペクトを求めています。

⑧論文を発表しようとしている最中に、偶然、他者により同様の内容の論文が査読有り論文誌等に出版される場合が考えられるが、この場合、他者の研究とは全く独立して行ってきた研究であっても、「これまでの生徒理科研究を超える新規性」に該当せず、論文発表はできなくなるのか。

(答え)他者の論文出版日と自分の論文投稿日の期間の長さによります。研究内容にもよりますが、一般に他者の論文出版日より1年以上遅ければ、完全に独立に行われた研究とは見なされず新規性はないと見なされます。しかし、数か月以内なら、独立に並行して行われた研究として新規性が認められる場合があります。この場合、後に出る論文は先に出た論文を引用してこの事情を書き添えることになります。しかし、同様の内容といっても独立に行われたのなら細部には違いがあるはずです。多くのデータが重なり新規性のレベルは下がりますが、違う部分を新規性として論文発表することになります。実は、科学研究においてこのような事態はしばしば起こります。多くの研究課題(テーマ)は自分が思いついたときには、同じアイディアを他者も思いつき、独立して研究を行う場合は十分にありうることです。そのために、科学者は見えぬ競争相手に負けまいとして、研究をできるだけ早く進め、論文発表しようとします。これが研究の先陣争いです。この争いで自分の研究者としての評価や出世するか否かが決まったり、ノーベル賞をとれるか否かが決まったりするとなると十分納得のいく話です。生徒理科研究の場合でも自分が最初の発見者となるのか、2番手の追試者となるのかは大きな違いです。

⑨多くのSSH校が配布している生徒研究報告書に掲載された論文は引用する必要はないのか。そこに掲載された研究と同様の研究が別の者により新規の研究として査読有り論文誌に発表・出版される場合が考えられるがそれでよいのか。

(答え)それでよいと考えます。SSH校の生徒研究報告書に掲載された論文の引用は義務ではありません。また、その後に別の者が同様の研究を査読有り論文誌に発表・出版してもやむを得ません。

なぜならSSH校生徒研究報告書は一般web公開されていない、査読有り論文誌ではないという2点で生徒理科研究のチェック・引用必須情報にはあたらないからです。同報告書は一部の高校へのみ配布されるものでだれでも見ることのできるweb公開ではありません。また、報告書の論文は明確な基準に基づく査読を経た原著論文ではないという点で、信頼性の担保された査読有り論文誌への掲載とはみなすことができません。したがって公開性と信頼性の2点でチェック・引用必須情報とはみなされません。

しかし、全く無視されるわけではありません。同報告書の論文は、「その他の参照情報」という扱いになります。前述のとおり、その評価と取り扱いは読者の判断に任されます。

同様の事情は一般研究でもよくみられます。大学に提出され、学内発表会で紹介される卒業論文や修士論文は他者により引用されることはありません。さらに、国内学会や国際学会でいくらポスター発表や口頭発表を重ねていても、その論文が査読有り論文誌に掲載されなければ他者に引用されることはありません。その後、他者によってほとんど同じ研究が査読有り論文誌に発表されることがあります。このとき自分の研究結果を見たのではないかと疑っても詮無いことです。もし自分の論文が他者に無視されたくないのなら、web公開された査読有り論文誌に発表・出版すべきです。ともかく研究の新規性(Originality)はより早く査読有り論文誌に発表したものに有ります。この場合、より有名な論文誌に掲載されたということでも賞をもらったということでもないことに注目しましょう。

⑩「査読有り論文誌でないと正式の発表論文と見なされず論文にも引用されない」といいながら、他方で一部の論文コンクールに提出された論文(審査資料)をチェック・引用必須情報として引用すべきだというのは矛盾ではないのか。

(答え)そのとおり矛盾です。この矛盾は生徒理科研究の現状を反映した矛盾で、生徒理科研究の発展の中でしか解決しません。

一般に査読有り論文誌でないと正式の発表論文とは見なされません。しかし、現状では、生徒理科研究論文のほとんどは査読有り論文誌には発表されていません。したがって、現状では信頼性が担保された正式の論文はほとんどない、すなわち引用すべき生徒理科研究論文はないということになります。一方で、多くの生徒理科研究論文が論文コンクールに提出され、審査の結果、優秀と判断された論文の一部はweb公開されています。この中には、現在の生徒理科研究の中でトップクラスの優れた論文が含まれています。これらの論文は査読を経た論文ではないが、過去および現在の生徒理科研を代表する論文であり、現状ではチェック・引用必須情報としてその研究成果を継承・引用するのが適切だと考えます。しかし、将来、生徒理科研究論文の多くが査読有り論文誌に掲載・発表されるようになれば、この事情は変化するでしょう。

⑪チェック・引用必須情報になっている多くの生徒理科研究論文は査読を経た論文ではない。したがって内容に誤りが含まれている可能性がある。また、参照した一般研究論文や専門書でも誤りやいいすぎがある可能性がある。それなのに、これらを正しい情報として引用しなければならないとすると問題が生じるのではないか。

(答え)「引用」の意味の誤解です。「理科教科書等や関係するチェック・引用必須情報の論文は引用すべきである」とは、その内容が正しいものとして引用すべきだという意味ではありません。無視してはならない、言及すべきだということです。すなわち、正しいものとして肯定的に引用してもよいし、間違いだとして批判的に引用してもよい。しかし、無視してはならないという意味です。

このとき、考慮すべきは査読有り論文誌に掲載された論文か否かです。査読有り論文誌に発表された論文は著者らの正式の発表として肯定的にも否定的にも引用すべきです。また、査読有り論文誌ではなくても社会的影響力のある情報(例えば教科書や専門書など)は、やはり肯定的にも否定的にも引用すべきです。しかし、査読有り論文誌以外の情報で、影響力も小さいものをあえて引用して否定的に評価するのは適切ではありません。なぜなら、その情報が正式の発表ではなく、研究途上の報告でありその後変化する可能性があったり、あるいは、うまくいかなくて途中で中止した研究であったりする可能性があるからです。ここから、生徒理科研究の発表会要旨集や研究報告集は引用すればよい、あるいは引用されればよいという言うものではないことが分かります。

⑫SSH校生徒研究報告書や一般web情報など、査読有り論文誌以外の論文等を引用必須文献ではない、あるいは引用しなくてもよいとすると、その論文の全体または一部をそっくりコピーして自分の論文に用いてもよいということにはならないか。

(答え)いいえ、なりません。引用は論文の新規性(Originality)に関係する概念であり、一方、コピーは論文の著作権に関する概念です。これら両者は異なる概念です。新規性に関する考え方はこれまでに説明したとおりです。社会的に公表されている科学著作物について、その内容を参照するときは、引用をして新規性(Originality)を明確にしながら述べることを求めるものです。一方、著作権は人間の創作物に生じる権利です(*10)。したがって、SSH校生徒研究報告書であっても、研究発表会のポスターであっても、口頭発表であっても、一般web情報であっても、あるいは、個人的なメモ書きであっても著作権はあります。また、著作権が生じるのはその創作物が作成された時点であって、どこかに登録するとか発表するとかしなくても生じます。そして、その創作物を他者が利用するには創作者の許可が必要です。しかし、科学論文等では、科学的知見自身は人間の創作物ではないので、文章の「内容」、すなわち記述された「事実」や「データ」には著作権は生じません。著作権は「内容」ではなく「表現のし方」に生じます。さらに、事実を記述する「文章表現」やデータを示す「図・表」であっても、それが著者の個性を表現するものではなく一般的・定式的なもの、あるいは正確を期すために必要なものであれば、他者のものを自己の論文等に必要最小限そのままの形で使用しても著作権侵害にはなりません。(しかし、この場合、記述された内容には新規性があるので、他者のものを用いるときには「引用」が必要です。)

*10 -1 文化庁ホームページ 「著作権なるほど質問箱」参照。 https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/naruhodo/index.asp
*10-2 科学論文等における著作権については、著作権(Wikipedia)参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/著作権

著作権は論文に何の表示がなくても生じます。しかし、その利用のし方には2種類あり、表示記号で区別されます。©ライセンスとCCライセンスの2種類です。たとえば、© All right reservedと表示があれば、すべての利用方法について権利を主張し、他者が利用するには著作権者の許可が必要です。他方、CC BY NCと表示があれば、一定の条件下(この場合は、BYは著作権者名の表示、NCは非営利)では自由使用を認めるが、それ以外の使用については著作権者の許可が必要です。現在、多くの論文誌は©ですが、「生徒の理科」誌はCCです(*11,12)。

論文発表・出版の場合には、新規性と著作権のどちらも尊重しなければなりません。

*11生徒の理科研究所ホームページ https://seitonorika.jp/ 「生徒の理科」生徒論文投稿規定 参照
*12クリエイティブ・コモンズ・ライセンス https://creativecommons.jp/licenses/

(この文章は、生徒の理科研究所ホームページ(https://seitonorika.jp)の「生徒理科研究法」から作成したものです。)Ver2. 2020年6月23日。Ver3. 2020年8月30日。