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2020-6h(一般記事)論文発表をめざす生徒理科研究法 第6章 指導教師と学校に求められること

Seitonorika 2020-6h. 2020年5月16日掲載,ダウンロードPdf

生徒の理科研究所
〒623-0342 京都府綾部市金河内町奥地22番地, https://seitonorika.jp,  uketuke@seitonorika.jp

要旨:指導教師には「新規性」の評価と科学的論理の指導、論文の仕上げと出版、真理を探究する勇気が求められる。学校には特色研究分野(テーマ)の確立と研究環境の整備が求められる。特色研究分野の立ち上げは学校の支援の下に指導教師自らが研究に取り組んで行うのが適切である。
類別:一般記事  分野:生徒理科研究法  キーワード:指導教師、研究指導、特色研究分野、研究環境

はじめに

生徒理科研究において指導教師と学校の役割は重要です。多くの生徒にとって研究活動は初めてのことなので、研究活動のすべての段階でていねいな教師の指導と学校の支援が重要です。ここでは生徒理科研究の研究指導における指導教師と学校の役割について、生徒の理科研究所の提案を紹介します。

指導教師には「新規性」の評価と科学的論理の指導、論文の仕上げと出版、真理を探求する勇気が求められる

 指導教師には、研究環境の整備、実験・調査方法の指導、研究の安全確保と倫理遵守の指導だけでなく、研究の発展をめざして生徒とともに積極的に研究に取り組む(研究指導する)ことが必要です。生徒だけにまかせておけば、生徒は研究の核心を理解しないまま通常の実験実習のようにすごしたり、多くの夏休み自由研究のように新規性に無頓着な、あるいは、科学的論理や信頼性が担保されない単なる探究活動を行ったりすることになりかねません。

研究指導の中で、最初に重要なのが新規性の評価・検討です。新規性は研究の核心です。しかし、通常の授業では経験することのない活動です。新規性(*1)を考えるには、小学・中学・高校の理科教科書と主要な参考書の内容や過去の生徒理科研究についての体系的で広範な知識とその批判的評価能力が必要ですが、これを生徒にいきなり求めることはできません。「関係する分野について、高校3年生までの教科書と主要な参考書に何が書かれ何が書かれていないのか、過去の生徒理科研究で何が明らかにされ、何が明らかにされていないのか。研究課題の新規性はどこにあるのか、あるいは、どこに焦点を当てれば新規性を主張できるのか。研究課題の意義は何か。」について、教師が率先して考え、明らかにすることが求められます。そして生徒にも研究の新規性を自ら確認できるようにすることが重要です。

*1ここでいう新規性とは生徒の理科研究所が提唱する生徒理科研究に必要な新規性です。新規性に関する詳しい議論は、本シリーズの「生徒理科研究法 2.生徒理科研究には新規性が必要である」を参照。

ここで重要なことは、指導教師に求められるのは研究課題の新規性と意義を明らかにすることであって、専門書や先行研究を調べ上げ研究開始前に前もって結論(研究結果)を得ておくことではないということです。研究活動は通常の授業でおこなう学生実験とは異なり、研究をつうじて自ら未知の問題の解明に取り組むことです。指導教師が研究開始前あるいは研究実施中に猛勉強して研究の結論(あるいは研究結果)を先行研究や専門書の中から探し出したとたんに、その研究は新規性のない既知情報の追試になってしまいます。結果的に、研究課題(研究計画)の再検討や変更が必要となります。なぜなら、生徒理科研究には「小学から高校3年生までの理科教育とこれまでの生徒理科研究」を超える新規性が必要なだけでなく、その他の情報(文献)を参照した場合はその情報をも超える新規性が必要だからです。指導教師が専門書や専門論文から徹底的に先行研究をチェックしたいというのなら、同じ研究が見つかった場合に現在の研究課題(研究計画)をどのように変更して研究の新規性を確保するのかまで責任を持つ必要があります。また、指導教師が研究の見通しを一刻も早く得たいというのなら、むしろ、実験・調査を積極的に生徒と一緒に行ったり、自らも独自に行ったりして生徒と共同して研究の速度と信頼性を上げるべきです。

次に重要なことは研究における「科学的論理の指導と信頼性の確保」です。生徒の自主性にまかすといって間違った論理や信頼性のないものを放置しておいてはいけません。しっかり指導する必要があります。理科研究に初めて取り組んだ生徒研究発表によくみられる過ちを挙げます。

①「問い(疑問)」と「実験・調査計画(方法)と想定される結果」と「結果から導かれる結論」のあいだの論理的整合性がない発表があります。「実験・調査計画」が「問い(疑問)」に答えられるものになっていない、「結論」が「結果」から論理的に導かれるものになっていない、「結論」が「問い(疑問)」の答えになっていない、などです。これら3つの間の科学的論理性を生徒とともに繰り返しチェックしましょう。これは研究指導の重要なポイントです。生徒に科学的論理にもとづく思考方法とは何かを教える重要なチャンスです。

②大学レベルの高度な実験装置や方法を用いているが、実験計画の不十分さや装置・方法の理解不足のために結果の解釈(すなわち結論)に誤りがあったり、ただ教科書や専門書の内容を確認しているだけで新規性がなかったりする研究発表があります。生徒理科研究の目的は実験装置の操作法や実験方法の体験ではありません。また、大学に進学すれば普通に体験できることを高校・中学でいち早く体験させることがレベルの高い良い研究ではありません。重要なことは高度な装置・方法の使用そのものではなく、それを用いて答えようとする「問い」と結果から導かれる「結論」の科学的論理性と新規性であることを忘れてはいけません。高度な実験装置や方法を用いる時には、その作動原理と使用方法、およびデータの正しい読み方の理解が必要です。むしろ、生徒理科研究では教科書実験で用いる程度の(あるいはそれより少し高度な)装置・方法や実験器具を上手に駆使して新規性のある独創的な研究を展開するのが知恵の見せ所です。

③研究材料の扱いや装置の操作に習熟せずに信頼性の疑わしいものを実験結果としている場合があります。生徒理科研究は、授業中の教科書実験ではありません。物理・化学・生物・地学のどの分野でも対象とする現象の詳細な観察と、実験手順や装置操作の十分な習熟が重要です。それがなければ信頼性のあるデータは得られません。生物の研究では、最初に、材料とする「植物」・「動物」の詳しい観察と良好な栽培・飼育技術の確立が重要です。枯れかけの植物や死にかけの動物を用いた実験データを信頼することはできません。

第3に重要なことは論文の仕上げです。指導教師には責任著者として研究結果を論文出版するという責任があります。研究結果のとりまとめでは、まず、結果を何枚かのスライドにまとめてポスター発表や口頭発表を行います。この段階までは適切な指導のもとに生徒自身が行うことが重要です。次は、研究結果をきちっとした文章で記述された論文にまとめる段階です。生徒の理科研究所ホームページ(https://seitonorika.jp/)の「生徒論文投稿」などにもとづき論文を執筆します。ポスターや口頭発表に比べ、論文に求められる論理と表現の正確性・厳密性は格段に厳しく、生徒には容易なことではありません。しかし、生徒に余裕があるなら教育的観点からは不十分でも生徒自身に最初の草稿を書かせることを勧めます。そして、生徒の書いた草稿を生徒と議論しながら校閲・改善します。この過程は研究結果の明解な文章表現法や科学的・批判的考察法の重要な教育機会です。実験に密着している生徒と一歩離れて見ることのできる指導教師との議論から、新しい解釈や新しいアイディアがでてくることもよくあります。こうして生徒による論文執筆の段階が終わります。最後は、研究指導者である教師が論文の責任著者として、再度、論文のデータと、科学的論理、文章表現を徹底的にチェックして投稿原稿を仕上げます。教師による仕上げがなければ、研究成果の査読有り論文誌への出版はほとんど不可能でしょう。論文出版は研究成果の社会的公表と記録により生徒理科研究の発展に貢献するために行うものです。生徒の個人的能力の評価と表彰を目的とする論文コンクールとは異なります。指導教師が責任をもって生徒理科研究の成果を論文に仕上げて出版することが重要です。

最後に、研究指導に必須の条件として、指導教師には注意深い観察と証拠にもとづき科学的論理を用いて自分の頭で考え、真理を探求する(真実から逃げない)勇気が求められます。戒めるべきは権威主義的姿勢です。教科書あるいは著名な(外国)研究者の先行研究論文を「ありがたがって」、批判的に読むことができなかったり(*2, 3)教科書や先行研究論文に一致しない生徒や自分の実験結果を「そんなはずはない」と頭から無視・否定して、目の前の実験結果に真正面から取り組むことができなかったりすることです。これでは新発見はできないし、科学の発展に貢献することはできません。それどころか、このような教師の姿勢が科学の正確性や厳密性に対する生徒の信頼を傷つけることさえあります。

*2同様の傾向が日本人大学生や大学院生にみられるとして問題視している学者がいます。苅谷剛彦(2019):演繹的思考と帰納的思考.「言葉の教育を問いなおす」(著)鳥飼久美子・苅谷夏子・苅谷剛彦 ちくま新書。
*3本庶佑(2018):科学者を目指す小中学生へ「教科書に書いてあることを信じない。常に疑いをもって本当はどうだろうという心を大切にする」「つまり、自分の目でモノを見る」.読売新聞2018年10月2日。

学校には特色研究分野(テーマ)の確立と研究環境の整備が求められる

 生徒理科研究を通じて生徒にどれだけのものを与えられるのかは研究指導体制、すなわち、研究環境と指導教師の力量に大きく依存します。したがって、生徒理科研究の発展には研究環境の整備と指導教師の力量向上が不可欠です。研究環境としては学校に少なくとも教科書実験(あるいはそれより少し高度な実験)をごまかしなく行えるだけの実験設備・装置・器具・薬品が必要です。また、具体的に生徒理科研究を進めるためには研究テーマに沿ったこまごましたノウハウとそれを実現するための実験装置・器具・薬品等を備えること(またはそのための予算が)必要です。教師の力量としては指導分野(テーマ)について、小学・中学・高校の理科教育とこれまでの生徒理科研究や関連する専門情報の把握、研究ノウハウの蓄積、研究指導能力の研鑽が必要です。

しかし、教育を主たる任務とする高校では生徒の多様な興味に応える研究指導体制を準備することは不可能です(大学でも困難です)。そこで現実的には少数の分野(テーマ)を選び、重点的に研究指導体制を整備・構築する以外に方法はないでしょう。すなわち、科目(教師)ごとに生徒の興味の傾向、分野の現代性と発展性・将来性、地域の特色、協力大学の存在などを考慮して少数の分野(テーマ)を選び、学校(または指導教師)の特色研究分野(テーマ)として研究指導体制を整備・構築する、すなわち、研究環境の整備と指導教師の力量向上を図る。また、分野(テーマ)は数年ごとに見直しを行いより適切なものに変更していく取り組みが必要でしょう。

特色研究分野の立ち上げは学校の支援の下に指導教師自らが研究に取り組んで行うのが適切である

生徒の理科研究所は特色研究分野(テーマ)について、研究環境の整備と指導教師の力量向上を図るための実際的方法として、研究分野(テーマ)の立ち上げから最初の論文出版までの研究は学校の支援の下に指導教師自身が行ない、生徒は主としてその研究を基礎に(手本に)さらに発展させる研究に取り組むようにすることを提案します。なぜなら、研究はどんな分野(テーマ)であっても、立ち上げから最初の論文出版までが一番大変だからです。すなわち、新研究分野(テーマ)の確立には、先行研究や関連情報の収集と分析、研究(テーマ)の新規性・独創性の確立、基本的な研究方法とノウハウの獲得、必要設備の整備など、多くのことを行わねばなりません。これを生徒にまかす(頼る)のは非現実的だからです。理系大学では一般的には新研究分野の立ち上げは大学院博士課程の教育目標で、博士課程の学生が博士論文研究の過程で体験することです。卒業論文研究や修士論文研究ではありません。生徒理科研究は大学レベルの一般研究とは異なるといっても、研究分野の立ち上げは、生徒ではなく指導教師自身が学校の支援の下に行うべきでしょう。

ここで大切なことは、研究分野の立ち上げは研究テーマの設定から最初の論文出版まで研究を進めてはじめて完了するということです。分野を決めて情報収集し関係する設備をそろえるだけでは研究分野を立ち上げたことにはなりません。なぜなら、研究分野の立ち上げに必要な先行研究や関連情報の収集と分析、研究テーマの新規性・独創性の確立、基本的な研究方法とノウハウの獲得、必要設備の整備などは、実際に研究を進め、最初の論文を出版するまで取り組んではじめて分かることが多いからです。

学校と指導教師が研究分野を立ち上げ、1つ論文を出すことができれば、それを基礎に(あるいは手本に)さらに発展させる研究は容易となり、生徒の力量に合う子テーマの提示も可能となるでしょう。あるいは生徒自身による新しい関連テーマの提案も可能となるでしょう。教師による最初の理科研究論文の作成と出版には生徒の理科研究所の「理科研究コース」や「シニア論文」(*4)を利用することもできます。

*4 生徒の理科研究所ホームページ
(https://seitonorika.jp/)の「理科研究コース」「シニア論文」参照。

おわりに

本稿では、生徒理科研究の指導の在り方について生徒の理科研究所の提案を紹介しました。すなわち、生徒理科研究の指導教師には「新規性」の評価と科学的論理の指導、論文の仕上げ、真理を探求する勇気が求められます。学校には特色研究分野(テーマ)の確立と研究環境の整備が求められます。また、特色研究分野の立ち上げは学校の支援の下に指導教師自らが研究に取り組むことにより行い、生徒はその研究をさらに発展させるテーマまたは関連するテーマを研究するようにします。

ここで提案した研究指導方法は、特に新しいものではなく、長年、多くの理系大学で卒業論文や修士論文の指導に用いられてきたものです。この方法は、大学がしっかりした研究指導体制を整えたうえで学生の研究指導を行うというもので、高校の生徒理科研究にも有効なはずです。この方法の弱点は生徒の研究テーマの選択範囲が学校の指導体制に規定されるので問題意識が鮮明で独自の研究テーマを持っている一部の生徒の希望にこたえられない場合があることです。このような生徒の指導には工夫と柔軟性が必要です。指導教師が担当テーマを一時的に増やす、あるいは、責任関係を明確にした上で一時的に学外に指導者を求めるなど、文字通り工夫すれば解決も可能でしょう(事実、多くの大学が様々な方法で解決しています)。

生徒理科研究発表会の様子から、一部の学校はすでに特色研究分野を確立しているが、多くの学校は、現在、研究指導体制のあり方を模索している最中のように見られます。わたしたちの提案が高校における生徒理科研究の指導体制の構築に役立つことを期待しています。

この文章は、生徒の理科研究所ホームページ https://seitonorika.jpの「論文発表をめざす生徒理科研究法」から作成しました。
Ver.2 2020年6月23日